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無謀と言われながら34歳で渡米した理由 第8回【無謀な帰国編】

厳しい暑さが続いていますが、皆様いかがお過ごしですか?
無謀シリーズもあと2回を残すところとなりました。

私は日本に帰る決意をし、ビーグレンを辞めるという決意はしましたが、
どう伝えていいのか数日間、悩みに悩んでいました。

彼の郷里は、新盆を迎える家にとってはお盆がお葬式並みに重要な行事であり、
それまでには必ず日本に帰りたいと言っている。

「会社を辞めることを早く言わないといけない……」

「児玉社長にどのタイミングで、何て切り出せばいいのだろう……」

そこまで思い詰めたのは、スタッフを増員し、ビーグレンがまさにこれから日本に
本格的に進出するというタイミングに、帰国しなければならないという状況であったから。

私は、ビーグレンという会社やスタッフを愛していたし、だからこそ
志半ばでこの会社を去らなければならないことが本当に辛いことでしたし、
そのことを考えるだけで胸が張り裂けそうになるのでした。

いまはもう7月。そうなると帰国するまでに残された時間は約1ヶ月……。

もう、タイムリミットです。

私は、遂に追いつめられて私は児玉社長に話しかけました。

児玉アキラの後ろ姿
「児玉さん、実はお話したいことがあるのですが……」

「いいよ〜!! なに??」

まだ何も知らない彼は、いつものように笑顔で応じてくれました。

会議室に入り腰を下ろすと、私は大きく深呼吸をして切り出しました。

「児玉さんすみません……実は私……日本に帰ることになりました」

「。。。。。。」

長い長い沈黙の時間が流れました。どれくらいの時間が経過したのか
分からない程の長い沈黙。

沈黙の後、オフィス中に大声が響き渡りました。それは会議室の外にいたスタッフも
何が起こったのか驚く程の声の大きさでした。

「え〜〜〜〜〜〜〜っ??? 何を! 何を言っているんだよ!?」

「本当にすみません、すみません」

「いつ辞めたいの?」

「彼が新盆までには帰りたいといっているので8月上旬には帰国します」

「あと1ヶ月しかないじゃないか!!帰国の日は延ばせないの??」

帰国の日程に関しては何度も考えて直して欲しいと言われました。

でも私の意思は固かった。

「ごめんなさい、帰国の時期は絶対にズラすことができないのです」

私がそこまで帰国時期に頑なだった理由。

千葉の田舎の写真私は《何としてでも新盆までに帰りたい》という主人の気持ちを何よりも尊重してあげたかった。

それは、彼を大切に大切に育ててくれた祖父と祖母、そして「もうすぐ会える、もうすぐだ」と私達に会えるのを心待ちにしながらも他界してしまった父親の為にも、一人ぼっちになってしまった母と一緒に新盆を迎えたい。そうするべきだと思っていました。

だって野口家はもう、義母、彼、私の3人しかいないのだから。

実は義母は、私達が結婚しアメリカに戻った直後、父親が脳梗塞を起こし、
その後、何度も繰り返していたことを、私達に心配をかけまいと隠し続けていました。

そして糖尿病との合併症で余命いくばくもないことも。

そんなことも何も知らずに、大切な家族の心配もすることなく
普通に過ごしていた私達。

義母はどんなに心細かったことでしょう。

きっと心の中はひとり息子である主人に頼りたい気持ちで一杯だったと思います。
私が彼女の立場であったら、相手を思い遣るより不安な気持ちが上回り、
隠し通すことなどできなかったでしょう。

「今、帰らなかったら一生後悔する」

これが私達の最終的な答え。

こうして私はビーグレンを退社することになりました。

その後の社内には今まで感じた事のない気まずい空気に包まれました。
その場にいるのが耐えられない程に。

私達夫婦はその夜、アポイントなしに児玉社長の自宅を訪れ、
主人の口から改めて帰国することになった事情を話しました。
彼は一生懸命、自分の気持ちを伝えていました。

その内容は、日本に帰る決意をしたいきさつ、自分が家族を想う強い気持ち。

そして……

私が最後までビーグレンを離れたくないと自分を責めたこと、もっと児玉社長の傍で仕事をしたい、まだまだ近くにいて教えてもらうことがたくさんあるんだ、
大切な皆と一緒に仕事がしたいと毎日泣いていたということ。

彼が何よりも一番、児玉社長に伝えたかったのは

「自分のわがままで、彼女(私)が愛するビーグレンと引き離し、人生を犠牲にしてしまった」

ということ。

児玉社長と奥様は静かに私達の話を何時間も聞いてくれました。奥様は涙を流しながら私達の話を聞いてくれました。

でも、奥様は最後に

「いつかは誰しもが通らなければいけない道だけれど、家族の為に日本に帰るという決断をした貴方たちの選択は、なかなかできることじゃない。
素晴らしいことだと思う。私はずっとずっと応援しているよ」

と励ましてくれたのです。

私達はこの言葉にどれだけ救われたか知れません。今でも、大切に2人の心の中に刻まれています。

児玉社長と奥さん
こうして、私達は帰国するための準備をはじめました。

日本に帰国すると決めましたが、主人は就職のあてもありませんし、東京育ちの私にとっては、大昔にタイムスリップしたかのような田舎(土地)に帰ることになります。

実家でのお祭りの写真
最初に日本での生活を全部リセットして渡米した時と同じように、今度はアメリカで積み上げた生活を全てリセットしての日本への帰国。

こうして私は《無謀な渡米》をした4年後に《無謀な帰国》をすることになるのです。



natsuko

野口 奈津子  ブランドマネージャー

長年の美容系PRを経験後、34歳で突然渡米。不思議な縁がきっかけでビーグレンに入社。 4年前帰国してからビーグレンに再び復帰。現在はマーケティングとイベント・パーティ-の企画運営に携わる。 趣味は本格的に学んだ風水、世界のパワースポット巡りとクリスタル収集。 パワー不足になると日本の温泉や神社を訪ね充電しています。



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1件のコメントが “無謀と言われながら34歳で渡米した理由 第8回【無謀な帰国編】”に入っています。
  • 投稿者: 臼井

    この野口さんのお話の続きをずっと待っている者です。

    たまにアクセスしては「まだ、新しい記事じゃないわ。」とがっかりしてます。

    体調を崩されているのでしょうが、お元気になられたら是非とも続きをお願いします!

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