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アロハな心・美味しいハワイ紀行 VOL.10 「ハワイの歴史を知ろう!」

ハワイのイメージは楽園、リゾート、マリンスポーツ、ショッピングなど、楽しいものがいっぱいですよね。でも、ハワイには悲しい歴史もあります。それをほんの少しですが、覗いてみましょう。


太平洋に浮かぶハワイ諸島は、米国で唯一の王宮が象徴する王国の歴史を持つ州。その始まりは紀元前にマルキーズ諸島からポリネシア系住民が移り住んだことだといわれています。ずーっと後ですが、ジェームス・クックがハワイを見つけてサンドイッチ諸島と名付けました。

当時ハワイ諸島にはふたりの大族長がいて、それぞれの政治を行っていました。皆が知っているカメハメハはこのころはまだ一戦士だったんですね。でも、その戦いっぷりは素晴らしく、大族長に領地を譲り受けたりして「戦争の神」と言われたカメハメハは、いずれハワイの王様となります。

そんなカメハメハ1世には神がかり的な伝説があります。キラウエア火山(今でも噴火している)に住む女神のペレに、噴火を収めるように自分の髪の毛をティーリーフに包みささげ、ある取引をしたそうです。それからハワイの火山はハワイに住む人を殺さなくなったとのこと。

それから時代は変わり1820年代。先進国から渡ってきた宣教師たちがハワイの人たちの暮らしを現代的なものに変えていくのですが、この頃からハワイ語、そしてジェスチャーで心を伝えるフラが風紀が乱れるということで禁止されました。

ハワイ人たちが英語の読み書きを覚えることにより、ハワイの伝統的な文化が断絶していきました。その後、イギリスやフランスの侵略がたびたび起こり、カメハメハ1世の家系は5世で断絶。議会で決まった最初の王様ルナリオは2年で没し、彼と王位を争っていたカラカウアが第7代国王として即位しました。

カラカウアはとても楽しい人で、ハワイの伝統を重んじてフラを解禁し、ハワイ語の学校も作りました。メリーモナーク(愉快な人という意味)という大きなフラのコンベンションがハワイ島であるのですが、これはカラカウアを称えるためにできた大会だそうです。



カラカウアは明治14年に日本にも来てるんですよ。姪にあたるプリンセス・カイウラニと日本の皇室の男性を結婚させて、日本とハワイを合併しましょうと持ちかけますが明治天皇に断られてしまいました。もしそうなってたら……。

カラカウアが亡くなった後、即位したのが妹のリリウオカラニ。私が大好きな人です。彼女は白人からハワイ人に政権を取り戻すべく、精力的に活動しますが、クーデターが起こりイオラニ宮殿に幽閉されてしまいます。

その時に彼女が書いた曲「アロハオエ」はハワイよさようなら、という歌なんですね。彼女は数々の歌を作りました。今のハワイアンとして私たちが聞いてる曲の多くはリリウオカラニが作ったものです。今も予約をすればリリウオカラニがいたイオラニ宮殿を見学することができます。ダンスパーティーをしたボールルーム、そして幽閉されつつもハワイを想い佇んだと思われる窓辺など。どこを見ても胸がいっぱいになります。

また、リリウオカラニのために友人たちが作ったという『サンプラスキルト』が展示されています。それがスゴイ!!一見の価値ありです。ハワイの古き良き時代と、小さな島国が世界の戦争に巻き込まれながらも、伝統を必死に守り抜こうとした背景が、決して大きくない宮殿に詰まっています。その後、ハワイはアメリカ合衆国となり、50番目の州となりました。


もう一人のお姫様

プリンセス・カイウラニ。
カラカウアの妹リケリケとオアフ州知事でイギリス人のスコット・アーチボルトの間に生まれました。アイナハウ庭園(今のワイキキシェラトン・カイウラニホテルあたり)の家に住み、たくさんの花と50羽以上のクジャクと暮らし、その中の白いクジャクをピカケと呼んで可愛がっていました。ピカケとは白くて小さな花、アジアンジャスミンのこと。とても香しく可憐な花で、彼女は髪の毛にこのピカケをたくさん飾り、白いクジャクと広いお庭で伸び伸びと育ちました。

美しい少女に成長したカイウラニは13歳で父親の故郷イギリスに留学します。語学や国際的作法を身に着け、22歳で故郷のハワイ・オアフ島に帰国しましたが、友人と遊びに行ったハワイ島で乗馬中に嵐に合い、風邪をこじらせて23歳の若さでこの世を去ったのです。その夜、彼女が可愛がっていたクジャクたちが一斉に泣き叫んだということ。その時の話がまるで伝説のように今でも語り継がれています。


ビショップミュージアム。ハワイの歴史をまとめて知ることが出来ます。展示物も素晴らしいので一度は覗いてみて下さい。


誰もが知ってるカメハメハ1世。ダウンタウンに立ってる銅像は本人ではなく、側近の一番イケメンをモデルにしたとか。やるな、カメハメハ!

ところでカメハメハってどういう意味だか知ってますか?カメハ(孤独)メハ(人)。カメハメハの母は大族長の刺客から子どもを守るべく身ごもったまま山へ逃げます。そこで一人生まれたのがカメハメハ。12歳まで母と二人きりで育ったそうです。


家系図。このポスターはミュージアムの売店に売っています。


プリンセス・カイウラニ。若くして亡くなった美しいお姫様です。


王朝時代の産物が今でもキレイな状態で展示されています。


ロイヤルキルトはすごい迫力!


鳥の羽でできたケープ。キレイです。


ミュージアムには科学館もあって、火山の仕組みを見ることもできます。


「ハワイの花と伝説」


ハワイにはたくさんの花が咲いていますが、その花にも伝説があります。
引き裂かれた恋人、子供の犠牲になった父親などの話が多く、内容は似てるのですが
その花を見るたびに思い出します。

代表的なもので、キラウエア火山に咲くオヒアレフアという花のものがたり。



火山の神ペレが青年オヒアに恋をしました。オヒアにはすでにレフアと呼ばれる恋人がいて、ふたりはとても愛し合っていたため、彼がペレを拒絶したところ、ペレは激怒しオヒアを醜い木に変えてしまいました。

帰らぬオヒアを想い泣きくれるレフア。その涙が雨を降らし洪水までおこしました。憐れんだほかの神々は、ペレの魔法を解くことが出来ない代わりにレフアをこの木に咲く美しい花にしました。オヒアは木、レフアは花。今でもレフアの花を摘むと、ふたりが離れ離れになってしまうので、悲しみの雨が降ると信じられています。


この花はビーチナウパカといって、花びらが半分しかありません。もう半分はマウンテンナウパカと言って山に咲いています。やはりペレに引き裂かれた恋人たちが、二つに分かれた花になったそうです。二つの花を合わせると一つになる。その時は喜びの雨が降ると信じられています。


藤沢セリカさん

藤沢セリカ

1961年2月4日生まれ、水瓶座O型。料理研究家。ハワイ、バリ、タヒチなどのアイランド料理研究家でもある。TV、ラジオなどメディアでの情報発信、ケータリングなど、食に関して幅広く活躍中。著書に『ハワイごはん』『湘南ごはん』『海ごはん』『ホノルル食堂』など。オフィシャルホームページ「ALOHA DELI


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