豆から板まで-究極の原料にこだわった「ビーン・トゥ・バー」チョコレートが人気の理由
「ビーン・トゥ・バー(豆から板まで)」という言葉を聞いたことがありますか?
大手企業が経営するコーヒーチェーンが主流のアメリカで、コーヒー豆の仕入れから焙煎までをこだわって行う職人のコーヒーがブームになって以来、同じように豆から作られるチョコレートにも、その波が訪れました。
カカオ豆の買いつけからチョコレート製造まで、つまりゼロから製品になるまでの全てを同じ販売者が手がけることで品質を高めたクラフト・チョコレートは、「ビーン・トゥ・バー」チョコレートとも呼ばれ、ここ数年、南カリフォルニアでムーブメントと呼べるほどの盛り上がりをみせています。
2007年、ニューヨーク州ブルックリンに初の店舗を設けたマスト兄弟による「マスト」は、この「ビーン・トゥ・バー」チョコレートのムーブメントの先駆けでした。彼らのチョコレートはホールフーズなどのオーガニック食品を取り扱うマーケットや、シェイクシャックという近年人気のハンバーガー店でも購入できるのですが、1枚(700g)8ドル(約1000円)のチョコレートに、それだけの需要があるのです。そしてマスト・ブラザーズは2016年5月、ロンドンに続く3店目の店舗をロサンゼルスのダウンタウンにオープンしました。
モダン・アートのギャラリーのような洒落た店内に一歩足を踏み入れただけで、全身がチョコレートの香りに包まれました。店内に工場があり、見学もできることが、ロサンゼルス界隈にいくつかある他の「ビーン・トゥー・バー」チョコレート店にはないポイント。1時間おきに行われる10ドルのツアーはカップルの利用が多く、デート・スポットとしても人気だそう。キューブ状の窓枠で仕切られた部屋が5つ並んでいて、各部屋で異なる作業が行われている様子が見えます。
はじめに、ガイドのヴァネッサさんが見せてくれたのは、割ったばかりのカカオの実。白い半透明の果肉は、見た目も味もライチに似ていました。作業部屋の反対側に、マスト兄弟がわざわざ現地(ガテマラ、ペルー、マダガスカル、ベリーズ)に行って厳選して買いつけているカカオ豆の入った大きな袋が展示されています。産地の気候と環境によって、カカオ豆の味は変わるのだそう。最初の部屋で、このカカオ豆を手作業で選別してオーブンで焙煎。2番目の部屋で、焙煎した豆の殻を機械で取り除きます。厚く固い殻の中に入っているのが、カカオニブス。この部分がチョコレートになるのですが、粉末になる前のカカオニブスを試食すると、柔らかめのナッツのような歯ごたえで、味は苦めのダークチョコレートに似ていました。
「チョコレートは体に良いと言われますが、それはカカオニブスのことを言っているのです。抗酸化作用があり、近年益々人気になっていて、デザートやスムージーに入れて食べる人が増えています」
3番目の部屋では、カカオの粉に、きび砂糖や粉ミルクを加えて機械で2日半から3日もかけて撹拌し、液状のチョコレートに。次の部屋で液状のチョコレートを型に入れ、テンパリングという作業によって、綺麗な艶のあるチョコレートに仕上げます。小さなトレイで職人が丁寧に完成させるのも、「ビーン・トゥー・バー」では大事な部分です。
最後に、異なる産地の豆を使った4種類のチョコレートを試食。まずバニラビーンと粉乳入りのバニラとヤギの乳入りのゴート。ミルクでもカカオ60%とカカオの量が多いので、カカオ自体の味が違うのがはっきり分かります。バニラは少し苦めでスパイシーにも感じる味、ゴートは、まろやかで、ヤギの乳特有のくせ がない優しい味。スモークは、いぶした豆の香りが驚くほど際立っているダーク、シーソルトはフルーティーなダークチョコレートの後味と塩分のマッチが絶妙。アメリカの大手ブランドのチョコレートは、大抵「甘いカカオ」か「苦いカカオ」の味しかしませんが、マストのチョコレートは、一片のチョコレートでいくつもの味が口の中に広がっていくのが新鮮でした。
原料は、全てオーガニックかつローカルの食材を使うことにこだわっているそうです。店舗毎にオリジナル・フレーバーを数多く揃えているのも彼らのこだわりで、ロサンゼルス店ではこの他に、味噌と胡麻味や、コーヒー味、オレンジ味、ポップコーン味などのユニークなフレーバーを扱っています。
また、地元のものを使うこだわりは包装紙にも生かされています。そのまま部屋に飾りたくなるようなラッピングのデザインは、絨毯やスカーフを販売しているロサンゼルスのブロック・ショップ・テクスタイルのデザイナーが手がけています。それぞれの味が表現されたカラフルな包装紙は、チョコレート職人の手で一つずつ丁寧に包装されます。
ツアー後、マネージャーのリッチさんに、マスト・チョコレートのこだわりの理由について話を伺いました。
「ダークチョコレートは昔から健康に良いものとして知られていますが、私たちのダークチョコレートはカカオときび砂糖のみで、一切添加物を入れていません。他のチョコレートも全て、シンプルにしています。厳選したオーガニックの原料のみを使うことで、チョコレートのルーツに忠実であろうとしているのです」
そのため、全ての原料は直接やりとりができるカカオ豆農家やロサンゼルスの店から購入し、できるだけ小さな規模にしているとのこと。生産規模が大きくなり、人の介在が増えるほど、その食べもののルーツが見えなくなってしまいます。大手ブランドが生産するチョコレートの多くには植物油が加えられています。でも本来、チョコレートに入っている脂肪分はカカオバターだけなのです。
カカオ豆から板になるまで全ての行程をオープンにすることで、アート作品並の気配りとこだわりを注ぎ込んでいる職人達の姿が見えます。厳選したカカオ豆に合わせる原料にも、同じ気配りと手間をかける農家や店を選んでいるのが分かります。
「ビーン・トゥ・バー」チョコレートがムーブメントになるほど人気なのは、こうした「こだわり」に価値を見いだす人々が増えているからと感じました。
一緒にツアーに参加した二人の女性は、地元の小さなビジネスを応援するのが好きで、マストにやって来たそうです。
「小さなお店の方が、フランチャイズの店よりも美味しいと私たちは思っているの。高品質の味が得られると思うから。スーパーで売られているチョコレートに味なんてないわ、砂糖だらけだもの。でも、ここのチョコレートには、豊かな味がある。しばらくチョコレートはいいわって思うほど、満足したわ」
一般的なチョコレートを食べた直後のような、「もっと食べたい」という渇望感がまったくなかったことも、満足度を高めてくれていました。本当に良質のチョコレートだから、口にしても罪悪感を感じないのです。チョコレートが大好きなのに、糖分や脂肪分を気にして控えているという人は、マスト・ブラザーズのようなこだわりの「ビーン・トゥー・バー」チョコレートを、一度試してみてはいかがでしょう?
取材協力
MAST Los Angeles
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